呼吸器グループ
重症肺疾患に対する治療手段として肺移植を行っています。
1998年、岡山大学において日本初の肺移植が成功し、日本における肺移植がスタートしました。
肺移植(脳死肺移植)は不幸にして脳死状態(回復の見込みのない脳の死)になられた方(ドナー)の尊い遺志による臓器提供に基づく治療です。ドナーの片肺または両肺を、肺の機能が低下した移植を受ける患者さま(レシピエント)の片方または両方の肺と入れ替える方法です。
岡山大学では1998年以降培った移植施設としての豊富な経験に基づき、①高水準で安定した肺移植診療の継続、②新しい技術や知識の開発、③移植医療の啓発と人材育成をめざしています。
間質性肺炎 | 73例 |
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肺高血圧症 | 42例 |
造血幹細胞移植後肺障害 | 33例 |
肺リンパ脈管筋腫症 | 17例 |
気管支拡張症 | 11例 |
肺気腫 | 10例 |
肺移植後移植片慢性機能不全(再移植) | 8例 |
びまん性汎細気管支炎 | 5例 |
閉塞性細気管支炎 | 4例 |
ランゲルハンス細胞組織球症 | 2例 |
嚢胞性肺線維症 | 4例 |
その他 | 5例 |
(2022年8月現在) | 合計214例 |
岡山大学の肺移植プログラムは、1998年の生体部分肺移植の成功、2002年の脳死肺移植の成功に始まりました。病院各部門・関連診療科からの協力体制を有する恵まれた環境が当院の大きな特徴であり、コンスタントに多くの患者さまに治療を提供してまいりました。2021年には5例、2022年には6例の肺移植を施行しております。
肺移植の成績は国際心肺移植学会のデータによると、手術成功率90%、1年生存率80%、5年生存率60%、10年生存率35
%といわれています。心臓や肝臓、腎臓移植に比べると肺移植後の成績は厳しいものといえますが、移植肺が問題なく機能すれば呼吸の苦しさから解放され、普通の生活を送ることができます。
岡山大学の肺移植の成績は、5年生存率77%、10年生存率65%(2022年4月現在)であり、国内他施設と同様に良好な結果を残しています。半数以上の方が社会復帰され、充実した人生を楽しまれています。
一方で、克服しなければならない課題もあります。臓器提供の少ない日本では、移植までに病状が悪化し、移植待機中にお亡くなりになる場合もあります。また肺移植は非常に体に負担の大きい手術であり、移植後の拒絶反応の発症率も他の臓器移植より高く、副作用の多い免疫抑制治療が生涯にわたり必要となります。そのため、呼吸不全でお困りの患者様すべてに肺移植は提供されておらず、慎重に肺移植の適応判定が行われているのが現実です。
重篤な病状での移植は、患者さまの体力を考えるとぎりぎりの決断といえます。しかし私たちは、救命に加えて日常の生活を取り戻す機会を見逃さず、適応のある患者さまを可能な限り肺移植につなげることをモットーとして誠実に診療に取り組んでいます。
重症呼吸器疾患であると診断され(詳しい肺移植適応疾患についてはこちら)、考えられるすべての治療手段がすでに尽くされており、予後がきわめて悲観的で肺移植以外には治療手段がないが、移植により症状の改善が期待できる場合、肺移植を考慮すべき時期であると考えます。まずご本人、ご家族に来院していただき、肺移植医および移植コーディネーターより肺移植についてのご説明をさせていただいております。
肺移植の適応について判断するために、岡山大学に約2週間入院していただき、レントゲン、CT、血液検査、呼吸機能、心臓カテーテル検査などの諸検査を受けていただく必要があります。これらの検査結果に基づき、岡山大学内の肺移植適応判定委員会、さらに全国組織である中央肺移植適応検討会にて審査を受け、「肺移植の適応あり」と認められた場合に、(社)日本臓器移植ネットワークへ肺移植の待機登録を行います。手続き終了後は、脳死ドナーの出現を待ち、肺移植が行われます。現在日本では、脳死ドナーが非常に少なく、数年の待機期間を要しています。
登録手続き終了後は、日本臓器移植ネットワークからの脳死ドナーの斡旋を待ちます。現在日本では、脳死ドナーが非常に少なく、平均的に数年の待機期間を要しています。その間は地元のかかりつけ医の先生に引き続き体調管理を継続していただきます。また当科へもご病状について定期的にご連絡していただいております。ご病状が許せば、年に1度当科外来へお越しいただき、体調の大きな変化がないか確認させていただいております。かかりつけ医の先生には肺移植後の管理もお願いすることになりますので、良好な協力関係を構築しておくことが大切です。
脳死ドナーからの臓器提供があると、日本臓器移植ネットワークより血液型、体格、待機時間等を考慮し、公平で且つ最適と思われる移植候補者に連絡が入ります。移植を受ける意思がある場合、直ちに岡山大学に来院して頂きます。これと同時に臓器摘出チームは脳死ドナーのいる病院に向かい、臓器の状態が医学的に移植に適しているか最終判断し、臓器摘出を行います。
移植を受けられるレシピエントは移植の最終説明の後、全身麻酔の準備に入ります。
肺移植手術は8-10時間以上かかる大手術で、30人を超えるスタッフにより行われます。両肺移植の場合、まず心臓外科チームにより人工心肺回路が装着されます。これにより肺を摘出しても体に酸素を送ることができるようになるわけです。つづいて呼吸器外科チームにより両肺の摘出が行われます。
気管支・肺静脈・肺動脈の順で片方ずつ肺の移植を行います。吻合が終わると新しく移植された肺に血液が流れ、移植された肺で呼吸が始まります。その後集中治療室に入ります。
集中治療医を中心とした2~4週間の集中治療室での治療を受けた後、病棟の個室に移ります。病棟では主治医・看護師を中心に退院までの回復期をお世話させていただきます。
10種類前後の大切なお薬をきちんと内服して頂くための薬剤師による服薬指導、栄養サポートチームによる栄養・食事指導が開始されます。移植後は体力や筋力の低下により、自力で体を起こすこともできなくなっていますので、さまざまな種類の理学療法により順調な回復をお手伝いいたします。お薬の副作用はないか、感染症や拒絶反応はないか等、主治医は注意深く検査・治療いたします。順調に回復されれば術後4~6週間で酸素吸入は不用となり、移植後8~12週間以内に日常生活ができるレベルまで回復して退院が可能となります。状況によっては、紹介元の病院へ転院となることもあります。屋外での歩行・リハビリが完了すれば待ちに待った退院です。
退院後約1ヶ月間は病院の近くに住んでいただき、毎日リハビリに通院していただきながら、ご自宅で生活が可能であるレベルであることを確認してご自宅に帰っていただくようにしております。
またその間1~2週間毎に外来にて診察させていただきます。術後2~3ヶ月経過すると、ご自宅へ帰ることができますが、その後も定期的な外来通院は必要です。通常、移植前の地元の主治医の先生にお願いをしております。
<移植後注意していただくこと>
拒絶反応: 免疫抑制剤が生涯必要となります。毎日自分で肺活量を測り、拒絶反応の早期発見に努めます。
感染症: 免疫抑制剤により免疫力が低下しているため感染症に注意が必要です。そのため最初の6ヶ月間は生ものの摂取を控える必要があります。手洗いやうがい、マスク着用などの感染予防が重要となります。
薬の副作用: 免疫抑制剤により腎不全、糖尿病、高脂血症、高血圧、がんなどの合併症を起こすことがあります。
その他: 免疫抑制剤と相性が悪いグレープフルーツ等の柑橘類が食べられなくなります。
退院後、毎日決められた時間に決められたお薬を内服する必要はありますが、順調にいけば、3ヶ月で日常生活に不自由がなくなり、6ヶ月以内に社会復帰が可能になり、通学やデスクワーク、家事をすることが可能になります。軽いスポーツをすることも可能です。手術前は重度の肺疾患のために苦しんでおられた生活は、すばらしく改善されます。
どんなに元気になられても、定期的な外来通院をお願いしています。地元の主治医の先生と岡山大学は移植後も連携をとりながら患者さまのフォローを行っています。長期的には免疫抑制剤の量も減っていきますが、定期的な検診は大変重要です。
拘束性肺疾患(間質性肺炎など)
閉塞性肺疾患(肺気腫など)
感染性肺疾患(嚢胞性線維症,びまん性汎細気管支炎など)
肺血管疾患(肺高血圧症など)
呼吸状態が悪く脳死肺移植まで待機できない場合に、ご希望に応じて適応が検討されます。生体肺移植では、健康な二人の提供者(ドナー)がそれぞれの肺の一部(右あるいは左の下葉)を提供し、これらを患者(レシピエント)の両肺として移植する方法です。肺の一部分を提供することから生体肺移植は生体部分肺移植とも呼ばれます。
生体肺移植の適応は原則的に脳死肺移植の場合と同じですが、60歳以上では慎重に評価し移植の適応を決めています。詳しくはお問い合わせください。
ドナーになれるのは配偶者あるいは三親等以内の血族です(岡山大学倫理規定による)。具体的には、夫あるいは妻、両親あるいは子供、兄弟、姉妹、祖父母、孫、叔父・叔母です。血液型は一致する必要はありませんが、適合する必要があります。
レシピエントがA型: | ドナーになれるのはA型とO型 |
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レシピエントがB型: | ドナーになれるのはB型とO型 |
レシピエントがO型: | ドナーになれるのはO型 |
レシピエントがAB型: | ドナーになれるのはAB型、A型、B型とO型 |
年齢は20歳以上で(55歳以上では慎重に判断します)、心身ともに健康であり、誰からも強要されることのない、自らの愛情に基づいた提供であることが大変重要です。ドナーの条件については、下の表をご参照下さい。
ドナーは肺を提供することによって約20-25%の肺活量を生涯にわたって失うことになります。しかし、日常生活や仕事、軽いスポーツを行う上では問題にならないといわれています。女性の場合は提供後の妊娠・出産にも影響はないと思われます。
提供のためには事前に2日間の外来での検査があります。手術時には約2週間の入院が必要です。またドナーの手術にもリスクや術後合併症(傷の痛み・出血・感染など)を伴うことがあります。力仕事は術後3ヶ月を過ぎてから可能となります。術後半年くらいまでは神経痛のような痛みを感じたりすることがあります。
これらのリスクをよく理解した上で、愛情に基づいて自発的に同意することが大切です。
岡山大学では、提供をご希望される方のご家族の方々にも、手術の方法やリスクなどを充分ご説明申し上げた上で、ドナーの検査を行うようにしています。また意思確認の際には、ドナーは個別でお話を伺うようにしています。
生体肺移植、及び生体肺移植の臓器提供に関しての詳細は、「肺移植のためのガイドブック」 (PDF) からご覧になることができます。
肺移植は保険適応になり、移植を受けられる方の経済的負担は大幅に軽減されています。
それぞれの負担割合、また特定疾患認定をお持ちの方等個人差はありますが、高額療養費の対象となりますので、高額療養費限度額支給によって窓口負担を軽減させることができます。保険事務所や市町村窓口で、事前に手続きを行われることをお勧めいたします。
また脳死肺移植の場合、(社)日本臓器移植ネットワークへ登録時に30,000円の登録料が必要です。登録更新料は年間5,000円です。脳死肺移植が成立した場合には臓器斡旋料100,000円をネットワークに支払います(ただしこれらネットワークへの費用は非課税世帯では免除となります。非課税証明書が必要です)。
移植コーディネーターとは、肺移植を受けられる患者さまと、移植チームの橋渡しをする、移植医療の調整役です。肺移植を希望する患者さまや、移植待機中の患者さまの相談に応じたり、移植を受けられた患者さまが退院したあとも、日常生活の相談や、健康管理のお手伝いをしたりしています。
肺移植に関する疑問や質問など、お気軽にお問い合わせください。
〒700-8558 岡山県岡山市北区鹿田町2-5-1
岡山大学医歯薬学総合研究科呼吸器・乳腺内分泌外科
■豊岡 伸一(呼吸器・乳腺内分泌外科学 教授)
haiishoku@okayama-u.ac.jp